ぼくの先輩
「おや、庄左ヱ門。こんなところで、何してるんだ?」問われて振り向けば、そこには五年ろ組の不破雷蔵先輩の姿があった。
「あ、こんにちは。鉢屋先輩」
「学園がこんな時に、暢気にお掃除かい?」
「…そうなんです」
鉢屋先輩の言う、学園がこんな時、というのは、なかなか本当に大変な時だった。
何せ、薬草園には毒グモが放たれ、図書室では小火が起きて、しかも学園長先生が暗殺者に狙われているというのだから。
春休みが終わって、今日から新学期、と気持ちも新たに登校したら、この騒ぎである。忍者の学校というのは、やっぱり凄いところだ。
「みんな委員会の先輩達に呼ばれていって、ぼく一人残ってしまって。することがないから、掃除でもしようかなあ、と」
ぼくは学級委員長なので、特に何かの委員会に属してるという感じではない。確かに、学級委員長が集まって会議することもないことはないけど、それで委員会を形成してるという訳ではないし。非常事態だからって、召集はかからないのだ。
それはここにいる、五年ろ組の鉢屋三郎先輩も同じ。つまり、ぼくたち二人は、どの委員会からもはぐれた半端者同士なのだ。
といっても、半端なのはぼくだけだ。鉢屋先輩は変装の名人だし、成績も優秀で、プロに近いと言われる六年生に勝るとも劣らない。つまり、単独で行動しても充分活躍できる人だから。
本当は、みんなが委員会に引っ張られて行ったから、ぼくも同じ委員長である鉢屋先輩のところへ行こうかと思った。でも、一人でも充分に動ける鉢屋先輩に、まだ一年生であるぼくがくっ付いていたら足手まといになるかもしれない。そう思って、ここへ来た。ここは一年は組の掃除区域でもあるし…。
「掃除っていうのは、いい思い付きだな。曲者にあまり警戒されずにすむ。ここは薬草園と図書室の間だから、ここを曲者が通る可能性は高いだろうしね」
びっくりして見上げると、雷蔵先輩のにっこり笑った顔がそこにあった。
学園が大変な時に掃除なんかしてるぼくをからかってるのかと思ったら。ちゃんとこちらの考えを分かってくれてたんだ。
しかもいい思いつきだって褒めてくれた。うわあ、なんだか凄く嬉しい。
「先輩も、曲者を見つけに、ここへ来たんですか?」
「あちこち巡回してたんだ。そうそう、学園のはずれの畑で、保健委員達が曲者を一人捕まえてたよ」
「へええ…保健委員会が。凄いなあ」
保健委員会も凄いけど、それを知ってる鉢屋先輩も凄い。巡回といってもこの広い学園内を無闇にうろちょろするのではなくて、重要そうなところを重点的に回ってるんだろうな。ちゃんと重要な箇所を知ってたり、効率よく巡回できるところが凄い。
今はまだぼくは、その一点に居座ることしか出来ないけど。
そのうちもっと、いろんなことが出来るようになったら。
「ぼくは、鉢屋先輩みたいになりたいな」
「…へ?」
あ、しまった。つい口に出してしまった。これじゃあまりにも脈絡が無さ過ぎる。
「ぼくみたいというのは…変装の名人、ということ?」
「あ、いえ、そうじゃなくて」
冷静で、情報を分析するのが上手で、行動力があって、それから、それから…えっと、ぼくみたいな後輩のことも、ちゃんと気にかけてくれるくらい優しくて。
それをなんと言っていいか分からずもごもごしてると、鉢屋先輩は少し考えるそぶりをした。
「庄左ヱ門がぼくのようになると言うと…」
さささ、と神業のような速さで、先輩の手が顔の上を行きかう。その手が顔から外れた、と思ったら、そこに居たのは。
「……ぶっ」
失礼ながら、吹き出してしまう。ぼくより頭一つは高い身長、でもその顔は。
「ぼ、ぼく、ですか!?」
「そう。庄左ヱ門がぼくのように成長してみたらこんな風かなって」
「と言ったって、ぼくの今の顔、そのままじゃないですか…」
「いやそりゃ、庄左ヱ門が五年後にどんな顔をしてるかまでは分からないしなあ」
ぼくの顔が、見上げるような高い位置にある。先輩に顔を使われたのは、嬉しいような光栄なような、それでいて恥ずかしいような、なんだか変な感じ。
「おーい、庄左ヱ門!!」
その時、同じ組の団蔵が、向こうから駆けてきた。
「団蔵、あわててどうした」
「えらいことになったんだ、潮江先輩がわーーっ!!」
話し始めた団蔵は、途中でいきなり叫び出した。
「しょ、しょ、しょーざえもん、庄左ヱ門がふたり…」
すさまじい声と顔で叫んだ団蔵に、こっちまで面食らいながら、それでもぼくは、なんだか誇らしい気持ちでもあった。
凄いだろう、そっくりだろう。どうだ、これが鉢屋三郎先輩だ!
でも。級友が真っ白な顔をして引っくり返っているのに、そんな自慢をするわけにもいかない。
「落ち着け団蔵、鉢屋先輩だ」
ぼくは笑い出しそうになる顔をなんとか抑えて、団蔵に声をかけた。