修行中の身

 お団子を食べに行きませんか、と声をかければ、即座に「いいねえ」と返事が返ってきた。
「じゃあ、次の休みの日にでも」
「……あ、じゃあ無理かな」
「どうしてです?」
 薬を煎じている最中らしい土瓶越しに、僕は伊作先輩の顔を窺った。
 今学園でおいしいと評判のお団子屋さんに、行ったことないの六年では僕だけなんだよね、と、この前はぼやいていたのに。
 毎日のように当番をこなし、放課後暇な時間のない保健委員長としては、休日くらいしかお団子屋に行く機会がないのでは。
「今度の休みは、新野先生がご用事があって外出されるそうなんだ。だから、誰か残ってないと」
「えーっ」
「鉢屋、お団子屋さん行くんなら、お土産頼んでいい?」
「……嫌です」
 にこにこ笑っている伊作先輩が癪で、僕は思いっ切りぶーたれた顔をしてみせた。
 伊作先輩とだからお団子も食べに行きたいのに、なんでわざわざ一人で行ってこなければならないんだ。
 それなのに先輩ったら、残念だなあと呟くばかり。気に障った様子もなく、煎じ終えたらしい土瓶を火鉢から下ろして、火の始末なんかをしている。
 今日もきょうとて、委員会のお仕事、ですか。ちなみに食満先輩は委員会だか鍛錬だかで不在で、薬を煎じていても文句は出そうにない。
「新野先生が不在だからって、なんで伊作先輩が留守番しなきゃならないんですか。新野先生に頼まれたんですか?」
「そういう訳じゃないけどね。やっぱり休日でも、誰かが怪我をするかもしれないし」
「そんなの自分で手当すればいいじゃないですか」
 上級生にもなれば、ある程度の怪我の手当は出来て当然だ。新野先生だって、それを見越しての外出だろうに。
「下級生相手にそうは言えないよ。こんな学園だから、何が起こるかわからないし。用心するに越したことはない」
「そりゃあそうかもしれませんが」
 そうしたら何か、これから休日の度に、新野先生の動向を確かめなければならないのか。先生がいることが確実でなければ、伊作先輩は出歩くことも出来ないのか。
 仕事熱心な保健委員長はありがたいけれど、真面目すぎるのも大概にしろっていうんだ。
「先輩って、意外とひとりよがりっていうか、独善的ですよね」
 せっかく先輩と二人きりで出掛けられるいい機会だったのに。それを潰しておいて平然としている伊作先輩のことが許せなかった。
「自分だけ我慢すればいいなんて、偽善もいいところだ。俺、先輩のそういうところ、大っ嫌いです」
 普段は雷蔵に合わせて「僕」と言っている一人称に、つい地が出てしまった。それぐらい、胸がむかついてたまらなかった。
「偽善……ね」
 しかし。俺の目つきが悪くなればなるほど、先輩の口元に笑みが浮かんでくる。
「僕は好きだよ。鉢屋のそういうところ」
 そうしてにっこりと、はにかみながらも嬉しくてたまらないような、とっておきの笑顔で笑いかけてきた。
「他の人が言いにくいだろうことをすっぱり言ってくれるところも、僕のために一生懸命になってくれるところも。全部含めて、鉢屋が好きだよ」
「な……」
 頬が赤くなってしまうのは、その台詞のせいか、笑顔のせいか。情けない。これでも変装の腕前は忍術学園一との評判も高く、術については六年に勝るとも劣らないのに。そんな俺が、この人には簡単に手の上で転がされて。しかもそれを屈辱と思うでもなく嬉しがっているんだから、全くどうしようもない。
「……俺をもてあそんだら、高くつきますよ」
 言葉でかなわない時は、実力行使。俺は一瞬で先輩の傍によると、耳元に息を吹きかけながら囁いた。
「やだな、僕がいつ鉢屋をもてあそんだんだよ?」
「今さっき」
 くすぐったそうに笑いながら、先輩は身をかわそうとするけれど、逃さない。
「あれで、もてあそばれたと思うなんて、修行が足りないんじゃない」
「そうかもしれませんね」
 肩を抱くようにしながら、押し倒すというか引き倒す。抵抗がないのをいいことに、先輩の上に覆い被さる。
「なら、修行させて下さい」
 返事は聞かない。まぶたに、額に。頬に、耳元に、唇に、間髪を入れずに唇を落とす。
「まったく、仕方ないなあ」
 仕方ないのはどっちですか。先輩の腕が俺の背中に回されたのを感じて、俺は深く、その唇に口づけた。
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